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箱根仙石原はエバンゲリオンの聖地、すすき祭り、仙石高原、金時山、明神山、箱根足柄山、大涌谷の絶景、
ロープウェイとケーブルカー、仙石原山焼き、湿原植物群落       



足柄山の金太郎で有名な金時山の南麓に広がる標高700M付近に広がる高原。
大昔は芦ノ湖とつながる火口原湖でしたが、現在は草原地帯となり、
周囲には美術館やゴルフ場が造られ、多くの温泉旅館や寮・保養所、別荘があり。
仙石原湿原植物群落は国の天然記念物に指定され、近くには「箱根湿性花園」があります。
秋には一面すすき草原となり、箱根の代表的景観を作っているなど、四季折々に楽しめる温泉場。
 

仙石原湿原植物群落入園料金  大 人 \700  小 人 \400
団体 20人以上は割引きあり

 
乙女峠あたりは、江戸時代仙石原関所の御留(おと)め山で、村人も自由に出入りができない山でした。
山名の由来はそこから来ていると思われます。
このあたりから眺める富士山は大変美しく、古くから富士眺望の場として有名です。
また孝女乙女伝説が残っている峠です。


約3000年前に箱根の最高峰の神山が、箱根火山最後の水蒸気爆発をおこした爆裂火口で、
今もなお熱い水蒸気と硫気を噴出しています。古来より「大地獄」とよばれていましたが、
明治6年に明治天皇・皇后両陛下が箱根に御静養に来られる際に「両陛下がお出になる地に
地獄があってはおそれ多い」と大涌谷と改称されたました。
ここからは雄大な富士山の眺めを楽しむことができます。(かながわの景勝50選)


仙石原関所跡
宮城野・仙石原から御廟(御殿場方面)に向かう江戸時代の街道を、箱根裏街道といいます。
この街道を行く人々に監視の目を注いでいたのが仙石原関所です。
寛永3年(1626)、小田原城代八木治郎右衛門のころ設置され、箱根の関所同様に厳しい取締りが行なわれたと言われ。現在でも石碑が残っている。


耕牧舎(こうぼくしゃ)跡
明治13年、渋沢栄一・益田孝らは、仙石村にあった県の牧畜試験場を払い下げてもらい、「耕牧舎」という会社を設立し、
仙石原の原野を牧畜と田畑耕作の田園地帯にしていきました。一時は牛200頭・馬80頭もいたそうで、
そこで取れた牛乳やバターは箱根のリゾートホテルにも供給されていました。

 
金時山は、坂田金時がまだ金太郎と呼ばれていた頃、姥と一緒に住んでいたと言われている伝説の山。


山のふもとに金時が蹴落としたと言われる「蹴落石」があり、そこに金時を祭神として建てられたのが、この公時神社です。
毎年5月5日の子どもの日に「金時祭」が行われます。



金時伝説
昔むかし、平安時代も終わりに近い頃のはなしじゃった。
金時山のふもとに金太郎という力の強い子どもが姥(うば)の手で育てられておった。
ところがある日、山で遊んでいた金太郎は元気が余って転んだ拍子に、
木の枯れ枝で目を刺し、失明しそうになってしもうたのじゃ。
さあ、えらいことになったと心配して、姥は箱根権現にすがって助けをこうた。
すると「山向こうに眼病に効く温泉がある。その湯で目を洗ってみよ」とありがたいお告げがあった。
早速行ってみると、岩の割れ目から温泉が流れ出ていて、
その湯で金太郎の目を洗うと、たちまち治ってしもうたそうな。その湯が今の姥子の湯じゃ。
目の治った金太郎はますます元気に、怪力をふるってクマを相手に相撲を取ったり、
体の数倍もある大岩をけったりして遊んでいたぞな。
そこへ奥州で国司の任を終え、都へ帰る源頼光という偉い人が通りかかった。

かねてから都にあこがれていた金太郎は、その前にとび出して「家来にしてほしい」と頼んだのじゃ。
「では、僕の侍と力比べをしてみよ」源頼光は金太郎にそう言って、家来を相手に相撲を取らせた。
金太郎はたちまち一人を投げ飛ばし、二人がかりでかかってきた侍を負かせてしもうた。
こうして源頼光の家来になって京へのぼった金太郎は、後に坂田公時(さかたのきんとき)と名を改め、
「源頼光四天王の一人」として大江山の鬼退治で怪力をふるうなど、
立派な働きをしたということじゃ。
金時神社奥の院には、金太郎が姥と住んだ「宿(やどろぎ)石」や、
足でけって遊ん「蹴落とし石」がいまでも残っておる。


乙女峠の孝女伝説
昔むかし、仙石原のあるところに、「とめ」という十七になる娘が住んでおった。
父親が重い病にかかって、なかなかよくならなかったので、とうとう娘の「とめ」は峠をこえて、
御殿場側の地蔵堂に願かけに行く決心をしたのじゃ。
そんなこととはつゆ知らぬ村の人々は、毎晩のように家をぬけ出す娘を見て、
「ああ、男ができたのじゃ」「父親の病気をよいことにして男に会いに行くとは何という親不孝な女子じゃ」、
かげでそういって怒っておった。
誰かがそっと父親に告げ口をした者があったとみえて、雪の振るある冬の晩、
「とめ」が家を出ていったあとを見はからい、父親は病をおして後をつけに出た。
このころはもう父親の病もかなりよくなっておったのじゃ。
雪の上についた「とめ」の足跡は村とは反対に峠へと続いとる。
「はてな。こんなほうに男なんぞがおるのかいな」どこへ行くのだろうといぶかって、
足跡を追っていくうちに峠を越え、いつの間にか地蔵堂についてしまった。堂守にたずねると、
「娘さんならもう帰った。父親の病気を治すためというて、雨の夜も風の夜も休まず通いつめてな。
ちょうど今夜が満願なのだよ。よい娘さんを持ってあなたは幸せ者じゃ」と言う。
父親はあわてて「とめ」の姿を追った。やがて曲がりくねった坂のところに来ると、
「とめ」が行き倒れていた。「とめよお、とめよお、息を吹き返しておくれ」
父親は「とめ」を疑ったことを泣いてわびたが、「とめ」はついに息を吹き返さなかったのじゃ。
それ以来、村の人たちも反省して「とめ」の孝心をたたえ、その峠を乙女峠と呼ぶようになったのだと。

※かなしん出版「ガイドブック箱根」より抜粋


※湯立獅子舞 (諏訪神社)
 国選択無形文化財
古文書によると安永5年(1776年)甲斐の国から伝わったものと言われています。
獅子頭は悪魔払いの道具で、湯立ては煮えたぎる湯を笹の葉でかきまわし神前で打合せ、
この湯花を参拝者がかけてもらうとその年は病気をしないと言われ、無病息災を祈願する行事です。
※金時祭 (公時神社)
金太郎で有名な坂田の公時にちなむお祭りです 。毎年5月5日の子どもの日に行われ、
こども相撲大会やマラソン大会等で賑わいます
※すすき祭り
仙石原文化センター広場の特設会場にて、毎年8月25日に行われ、
歌謡ショーや民族芸能等のイベントで賑わい



箱根湿生花園は、湿原をはじめとする川や湖沼などの水湿地に生育している植物を中心にした植物園。
園内には、低地から高山まで日本の各地に点在している湿地帯の植物200種のほか、
草原や林、高山植物1,100種が集められ、その他珍しい外国の山草も含め、
約1,700種の植物が四季折々に花を咲かせています。園路は低地から高山へ、初期の湿原から
発達した湿原へと順に植物を見てまわるようになっています。
 
展示室では、仙石原湿原の生い立ちや動植物などを、パネルや写真、大型水槽でわかりやすく説明しています。
また食虫植物等をルーペで観察できるコーナーや、湿生花園の季節の花をビデオで紹介するコーナーも。
  
また、冬期休園の箱根湿生花園は、職員はそれぞれ内に外に作業を行なっています。
室内では企画展の準備や宣伝、「花だより」総集編の作成・配布など、開園に向けて態勢を整えます。
箱根湿生花園の外側にある復元区では、地元仙石原湿原の植物群落を維持するために、
毎年6月に草刈りをし、冬期に火入れを行ないます。
また、園内の雪国の植物のために落ち葉を園内に敷き詰めて霜害から守ります。次の年の春
、美しく花を咲かせるために開園中の11月から落ち葉を収集し、除草が済んだところから順次始めます。
また、土道や木道の整備、木柵やベンチなどの補修、池の清掃など補修工事は開園までに行ないます。

箱根町立 箱根湿生花園

住 所 〒250-0631 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原817番地
電 話  0460-84-7293

営業時間  3/20~11/30(開園期間中無休)/9:00~17:00
      ※12/1~3/19は冬期休園

駐車場 あり

http://www.hakone.or.jp/blog/shissei/

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