お城の歴史の中、明治維新に会津鶴ヶ城と熊本城が戦場となり、会津藩を打ち負かした西郷隆盛が熊本城で明治政府に負けて自害している     
                 

冬の雪景色に浮かぶ上がる鶴ヶ城



早春賦の中の若松城の雄々しい姿



会津ろうそく祭りの中の石垣



灯明まつりの幻想的な雰囲気



春爛漫、桜満開の鶴ヶ城



レーザーイルミネーションが最高の演出
 
照明に映し出される会津城は気品と品格がある



雪で真っ白に変身した鶴ヶ城の風景



鶴ヶ城に通じる桟橋が照明に浮かぶ



薄明かりに映し出された鶴ヶ城の姿



会津の遅い桜まつりの鶴ヶ城



秋の彩りに映える鶴ヶ城



鶴ヶ城の本丸庭園に幻想的会津城


若松城は、福島県会津若松市追手町1-1にあった城である。地元では一般的に鶴ヶ城といい、
地元以外では会津若松城と呼ばれることも多い。文献史上では黒川城、会津城とされることもある。
国の史跡としては、若松城跡の名称で指定されている。


会津の謂われ  
会津は奥羽の要・鎮守、名立たる戦国大名や勇将が入郷し葦名氏の祖、佐原義連に始まり、
独眼流で知られる伊達政宗、天下人と目せられた蒲生氏郷、関ヶ原で名を馳せた上杉景勝、加藤嘉昭、
そして名君として歴史にとどめる保科正之公まで栄えてきた由緒ある地でもあります。



<会津歴代領主・藩主> 
    1189年→1589年    佐原氏・葦名氏
    1589年→1590年   伊達氏
    1590年→1598年   蒲生氏(92万石)
    1598年→1601年   上杉氏(120万石)
    1601年→1627年   蒲生氏(60万石)
    1627年→1643年   加藤氏(40万石)
    1643年→1868年   保科氏・松平氏(23万石)




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大好きな会津のファンである(七菜海)が作成したものです。
工房七菜海